[1990年代の台湾] 過信と不注意で食中毒に

国外で病気になることほど不安で心細いことはない。できれば毎日を健康に過ごしたい。後から考えれば、当たり前のように防げたことでも、この程度なら大丈夫と勝手に思い込むことが危険である。そんな自分の過信が不注意を生み、苦しんだ経験である。

台湾の賃貸物件は家具付き。即入居、即生活、超便利

台湾に来て間もない頃、郊外にあるマンションの6階に入居していた。

お気に入りは町並みを見渡せる眺望。部屋はワンル-ムで、机、椅子、洋服ダンスに加え、電話にベッド、それにシャワー・トイレ付き。

台湾ではほとんどの賃貸物件は家具付きである。

また、この物件は学生向きでキッチンはない。

外食中心の生活になるであろうから、私にはキッチンも必要なければ、冷蔵庫も必要ない。

マグカップと歯ブラシくらいあれば、あとは手ぶらでも入居できそうである。

あとは、入居後に少しずつ身の回り品を揃えていけばよさそうだ。

味付けの違うものは、傷んだかどうかの基準があいまい

ある12月の晩、夕食済ませた帰り道、近くのパン屋で翌朝のパンを買う。冷蔵庫がないので、机の上に放置して、眠りに就いた。

翌日の空はからりと晴れ渡り、ブラインドの隙間から太陽がこぼれ、冬と言うのにぽかぽかと暖かい。蒲団の居心地の良さに、不覚にも二度寝した。

正午近くだったが、暦の上では冬だし、大丈夫だろうと、パンに噛りついた。

少し奇妙な味が口に広がったが、ここは外国。こんな種類のパンもあろうと、匂いをかいでは一口食べ、一口食べては又匂いをかいでと繰り返しつつ、とうとう平らげてしまった。

後悔は気分の悪さと共にやってくる

夜の到来と共に、体のだるさと気分の悪さを感じ始めた。たちの悪い風邪だろうと高を括っているうちに、急速に病状悪化。腹痛に吐瀉が執拗に続く。

我慢を重ねた末、真夜中を迎え、昼間に食べたパンと食中毒の文字が脳裏を過る。

何故、おかしいと思いつつもすっかり食べてしまったかと、悔やんでも時既に遅し。救急病院を除けば、診てくれるところもなかろう。

おまけに自分の語学力では、症状すらうまく説明できない。

素人の浅はかな判断で、水分補給と胃洗浄と考えて、水分を多量に摂って急場を凌ぐ決心を固めた。上から吐いては多量の水を飲み干し、下から下痢をしては再び水をあおる。

多少の不快感なら、あまり気にせず早々と寝てしまうに限るが、この時ばかりは事情が違う。

腹痛を押して寝ようと横になっても、下痢と嘔吐が容赦なく襲う。その度にベッドから跳ね起きて、トイレに駆け込む。一秒でも遅れれば、直ちにその場で吐瀉してしまう。

こうなると、部屋を出て、誰かに助けを求める時間の余裕すらない。

遂に胃袋は空っぽになったとみえて、しまいには飲んだばかりの水を吐くに至った。

そんなことが絶え間なく繰り返され、体力はすっかり奪われ、症状が続く限り眠りたくても寝られない。

飽くなき戦いは夜通し続き、東の空が白む明け方になってようやく症状も落ち着きはじめ、ようやく眠りに落ちた。

だが、数時間後、突如として込み上げる悪心で目覚め、慌ててトイレに駆け込んだ。

その後、僅かずつだが快方へ向かったものの、元のように戻るのに一週間以上要した。

私のような人為的ミスと、高温多湿の気候に注意

いくら自分の不注意から招いた災難とは言え、気温が高く、四方を海に囲まれた高温多湿の島国は、細菌が繁殖しやすい。

それは、たとえ外食であっても油断はできない。

高温多湿の台湾は、拭き掃除をしても、なかなか乾かなかったりする。そして、多くのゴキブリや、数は少なくなったがネズミも見かけることがある。

台湾人の中には「繁盛する店にはゴキブリやネズミがいるものだ」と豪語する人もいる。

油断すると、胃腸炎や食中毒に罹り易いと思うので、注意するに越したことはない。

現在、台湾は外国人観光客に人気があり、また外国旅行する台湾人も多く、衛生意識がかなり高く、衛生環境はかなり向上しているように見受けられる。また、大きな病院には通訳のボランティアがいることもあるので、病気になったら無理せずに受診をお薦めする。