[1990年代の台湾] 超能力か!?宗教か!?

ある日、妻の兄嫁が親戚から摩訶不思議な能力を持った和尚を紹介され、一人で行くのは心細いと、妻を誘った。

その和尚は人を一目見ただけで、その人の過去から将来までを見通せるそうだ。この様な能力を持つ人の目を『陰陽眼』と呼ぶ。

病の原因を言い当てた!?

どうも胡散臭そうで、つい色眼鏡で眺めたくなるが、兄嫁は事実を裏付けたいかのように熱っぽく語った。

兄嫁の親戚に当たる夫婦は不妊症で子供に恵まれなかった。それまで漢方医にかかっていたが、何らいい兆しが見えない。そんなとき、折よくもその和尚の話を伝え聞き、早速藁をも掴む思いで訪ねた。

その和尚は奥さんを見るや否や、頭の中に小さなできものが出来ていて、それが原因で懐妊できないと告げた。

そこで夫婦は今度は西洋医のもとを訪れ、診断を待った。

検査の結果、和尚の言う通りで、できものは確かにあり、それがホルモンの正常な分泌を阻害し、子供ができないことが分かった。

ドライブを楽しみ山奥の寺院を目指す

妻は兄嫁に誘われるままに行くことになり、私もまた誘われたが、人に自分の運命を見透かされるのは気持ちの良いものではないし、それに会った途端に悪魔呼ばわりされたり、「二の付く日に事故死しますよ。」などと言われたくもない。

しかし、結局、私は和尚に会わないことを条件に、久方振りの遠出を楽しむことを目的にして同行することにした。

車に揺られることおよそ2時間。高速道から幹線道、更に山中へ続くうら寂しい小路を走った。

対向車は殆どなく、時折、山小屋のような民家が点在するだけ。奥へ進むにつれて、林から森林へ、その緑の密度がみるみる濃くなり、道幅は車がようやく一台通れるほどに狭まった。

車窓を開けると、山中の森林で濾過された冷涼で澄みきった空気が車中の澱んだ空気を掻き混ぜ、すがすがしい空気が車中を満たす。

見通しの悪いカ-ブは鋭角で、欝蒼と茂る原生林を横目に、ハンドル操作を誤ればそのまま落下しそうな崖道を走行した。

都会を眺め続けた目が山の景色に馴染んだ頃、前方の視界が大きく開けた。目指す寺院は山頂に近い、赤茶けた山肌が裸出した所にあった。

寺の前に車を止め、降り立つと、山裾に広がる町並がミニチュアよりも小さく霞んで見えた。

ドライブだけのつもりで行ったのに

寺は城壁を想像させるような石垣の上にひっそりと佇んでいた。一部分は建造途中で、所々剥き出しているコンクリ-トの白さは陽光に照らされて目映く、そこから受ける印象はおよそ寺という陰湿なイメ-ジとは遠く懸け離れていた。

石段を上り詰めると、水と緑をあしらった庭園が広がり、向かい側にお堂が見える。車中に3時間ほど缶詰めだったので、トイレを捜す。数分後、濡れた手を拭いながら社務所のような建物を通り抜けようとしたとき、妻の呼び声がして歩を止めた。

建物内に妻や兄嫁、それに和尚達が座り、皆の視線は私に注がれた。妻はにこにこしながら椅子を勧めた。

もう逃げられない。

観念して妻の隣に座った。

しばらくして、私の座席は丁度あの『陰陽眼』の和尚の真正面であることが発覚。挨拶も早々に目線を素早く反らし、興味がない体を装った。

自信ありげに語り始めた和尚

和尚は、兄嫁が口を開く前に過去の出来事を言い当て始めた。

つまり全てズバリ的中していたわけで、背筋が寒くなった。

最初から度肝を抜かれる形で始まり、それから事業や家庭の進路の正否を聞いたり、悩みを打ち明けて、それに対して和尚がアドバイスを与えるという形で終わった。

あれほど拒否の態度を示した私もつい和尚に将来の夢の実現の可否を尋ねてしまった。和尚からはいい返事を頂いた。しかし、今のところ実現していない。

それはともかく、和尚の眼は常人のとは幾分違って、きらきらと輝きを放っていたのが印象的だった。

この和尚の話にはまだ続きがある。

帰りの道すがら、兄嫁は山麓の寺院に知り合いの尼僧を訪ねた。そこで先程の和尚の話をすると、彼女の目色がすぐさま変わり、声を荒げた。

「あの僧侶は尋常じゃない。住所を告げただけで、沿道の電柱の本数までピタリと当ててしまう」

私はダブルパンチを食らったように唖然とした。

他にもあった神秘的な事例

さて、上述の和尚以外にも似たような事例はまだある。

台湾で一頃、賭博まがいの宝くじが流行した。自分で好きな数字を選べる点が人気を呼んだのだろう。瞬く間に国民は熱狂した。

その時流を受けて、台南のとある廟の存在が噂になったらしい。

その廟の神官の一人が大酒を仰いでは後日に発表される当選番号を当てるという、摩訶不思議な能力の持ち主だったそうだ。

私の知人はその報を聞きつけて、2時間掛けてわざわざその神官を訪ね、お伺いを立てた。

その後、ポケットマネーを投じては的中を繰り返し、彼は足繁くその廟を訪ねたらしい。

熱狂したのはどうやら彼だけではなかったらしい。

その頃には、当て方を有料で教えるという何やら怪しい新聞広告まで出てきていた。

台湾政府は余りの熱狂振りを見かねて、禁止令を発布し、敢え無く台湾社会から消えてしまった。

やはり悪い習慣は社会から消えていく運命なのかもしれない。檳榔も同じ道を辿るのだろうか。

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神秘的な話に人は魅かれる

台湾では宗教に超能力まがいのものが介入すると、その寺廟の名は全土に轟く。だが、元々宗教家と超能力者は区別されているように、宗教と超能力とは切り放して考えるのが妥当と思う。

もしも、超能力に頼らない伝統的な寺廟が衰退し、超能力を看板に掲げたニュータイプの寺廟に人気と富が集中し出したら、どうなってしまうのだろうか。

確かあの和尚さん、お布施代わりに信者から進呈されたという高級外車を足にしていると聞いたが…。

いや、何も疑うまい。 台湾にも神秘的な話があってもよい。