[1990年代の台湾] 食事作法は豪快に

日本人は食事のマナーに気を遣うが、台湾はかなり自由であまりに制約がないので、かえって戸惑う場合もある。

本当にこれでいいのだろうかと自問自答しながら食べることさえある。

それも慣れてしまえば、遠慮なく自由に食べられるので、心地よささえ感じる。

食べ始めるタイミングに迷う時がある

かつてはよく食事時に戸惑ったものだ。宴席では「さあ、食べましょう」とか「どうぞ」とか、必ず一人は音頭を取って勧めてくれる人がいるけれど、家庭内では来た人から自由に食べ始める。

わかってはいるけど、「いただきます」に当たる言葉がないから、食卓に来て挨拶抜きで食べるのはどことなく盗み食いをしているようで、どうも気が引ける。

しばらく見ていると、各人が自由に箸を取り、料理を口に運び出す。やはりいいのかと、慌てて皆に追従する。

また、本当に食べ始めるタイミングを逸してしまうこともあるが、すぐに誰かが箸で料理を摘んで、取ってくれる。日本なら箸を逆に持って口をつけていない側を使ったり、取り箸を使ったりするが、台湾ではそこまで気を遣わない場合もある。

基本的に大皿から自分の分を取るセルフサービス

家庭では食卓に上った大皿や鍋から自分の分を取り分ける。日本のように個別の器に盛られて配膳されるわけではないので、余計に食べるタイミングを逃してしまうし、遠慮しているとどんどん料理がなくなっていく。

食事の時間には「遠慮は美徳」という考えを置いて、大皿や鍋に積極的に手を延ばすと丁度よい。

人の分も取り分けてあげる

場慣れしていないと、人から「これ、おいしいよ」と料理を取り分けてもらうことの方が多くなりがちだが、時には自分から隣の人や友人に料理を取り分けてあげると良い。

日本人の感覚だと、衛生面とかいろいろと考えて、むしろ相手に失礼と思いがちであるが、遠慮は必要なさそうである。特に、目上の人にそうしてあげるのが美徳と考えられているようである。

これが台湾式の親切なのであろう。

大皿にのる料理はおいしそうなものから先にとる

例えば、エビがあるとする。

一尾は肉質が厚く、見るからに旨そうだ。

もう一尾はちょっと痩せ気味で、表面に光沢がない。

さて、どちらを選ぼうか。

日本なら、旨そうなものは皆が遠慮して箸をつけず、最後まで残る…と、思う。なるほど、日本ではどうやら残り物には福がありそうである。

しかし、台湾ではその逆。美味しそうなものから先になくなっていく。

しかも、高価で珍しいものほど量も少なく、あっと言う間になくなる。

欲望の命ずるままに美味しそうに見えるものから飛びつくのが得策である。

但し、全部持っていくのはさすがにまずいので、周りをざっと見て、自分の分だけ取るような思いやりと気配りは必要である。

中華料理の下ごしらえは雑

食事に堅い殻付きのエビや蟹、或いは骨付き肉等、食べにくい料理も数多く見かける。そんな場合は、自分の器に取ってからは箸を置いて、手掴みでもよい。

日本で食べる魚料理や肉料理はあらかじめ骨を取り除いて食べやすくしてあるが、台湾では重くて大きな中華包丁で材料を叩き切り、それをそのまま鍋に放り込むので、出来上がった料理を口に入れると、魚には大小様々な骨が、肉には叩き切ったときに砕けた骨の破片が、咀嚼する度に邪魔になってどうも食べにくい場合が多い。

スイカの種飛ばしのように食べかすを飛ばすこともある

日本人は細かい骨を口からつまみ出そうとするが、台湾ではつまみ出す他に、スイカの種のように口から飛ばすことがある。円卓囲めば、気品溢れた美女さえ、ふくよかな唇を尖らせて、ペッと飛ばす。

そうかと言ってあたり構わず飛ばすわけではなく、 レストランなら、各人に碗や小皿が配られるので、そこに入れる。

また、空き容器などがなくて、汚れてもいいようなビニール製のテーブルクロスが敷いてあるなら、その上に食べかすを直接置くこともある。

但し、これは家庭や、カジュアルな雰囲気で円卓を囲むような中華料理を食べるときのみである。そんな場にある前出のようなテーブルクロスは防水加工されていたり、ビニール製であったりするので、それも目安になるであろう。また、同席した人や周りにいる人を見ていればわかる。

前出の種飛ばしは場所を選んで

中華でも高級料理店等の場合、きちんと仕込みがなされているので、食べかすはそれほどなく、従って、前出のような種飛ばしは必要ない。更に西洋料理とか日本料理レストラン等で食べるときも同様で種飛ばしの適用外なので注意する。

また、観光ガイドブック等に食べ散らかすのが礼儀とか判で押したように書いているのを見たことがあるが、少なくとも台湾では礼儀ではなく、あくまでも習慣にすぎない。何故なら食べ散らかしたのを満足げに見る人もいないし、それを見て喜んでいる人も見たことはないからである。

また、台湾人の中にもきれいに食べる人もいるし、日本人もそうして一向に構わない。あくまでも個人の裁量である。

食事にはおしゃべりが付きもの

かしこまった席は別であるが、たいてい台湾人と共に食事する時には食卓が賑やかになる。

大声で話したり、笑ったりは当たり前である。

食事は静かに食べることが良しとされている日本人の感覚で静かに食べていると、要らぬ心配をかけさせてしまう可能性がある。

満腹の後のげっぷは健康的だとみなされる

食事が一段落して爪楊枝で歯の掃除を始める頃、周りの人達が満腹そうに人前で平然とげっぷし始める。

日本ではタブー視され、人に毛嫌いされる行為だ。

しかし、これにはちゃんと訳がある。

胃袋は食物を納めるところで、空気やガスを封じ込める場所ではない。だから、胃袋に溜まった余分な気体を出すことは自然の理に適って、しかも体の為にも良いと言う。

その真偽はともかく、台湾ではげっぷは普通ということを心得て生活する。私もうっかりげっぷが出てしまうことがあるが、周りから嫌な顔をされずにすむのはこの上なく快適である。

台湾風の挨拶は食事がらみ

一般的な挨拶としての「お元気ですか」は、台湾に来れば「たらふく食べましたか」或いは「食事はもうお済みですか」の意味で、『吃飽了没?』や『呷飽未?』と華語や台湾語で、食い倒れの大阪もたじたじの挨拶が交される。

台湾人はグルメで、食欲が旺盛である。

その食道楽振りたるや、国土を南北に縦断する高速道の建設費相当額を毎年食費として消費するほど。そして、食事が終われば、膨れた腹を撫でさすりながら「満腹」という意味の『吃飽了』を連発する。「いただきます」同様、「ごちそうさま」に相当する言葉はどこからも上がらない。

さあ、今日も堅苦しい挨拶抜きで腹一杯に召し上がれ。

現在、細かい骨等を入れるための容器、取り箸等は随所で見かけるようになり、ワイルドさが薄まったように思うが、皆でワイワイしながら楽しく食事する風習は失われていないのはほっとする。